はじめに:なぜ今、航空機認証にMBSEが必要か?
航空機開発は「安全性」「信頼性」「法規制適合性」の3つが要求される極めて高規格な産業分野です。特に欧州のEASAや米国のFAAといった認証機関による適合証明(Type Certification)は、膨大なドキュメントとトレーサビリティの確保を求めています。
こうした背景の中、近年注目されているのがMBSE(Model-Based Systems Engineering)による認証支援です。設計から試験、認証文書までを「一貫したモデル」でつなぐMBSEは、ドキュメント駆動型の限界を打破する鍵として、多くの航空機メーカーで導入が始まっています。
目次
- はじめに:なぜ今、航空機認証にMBSEが必要か?
- EASA/FAAの認証プロセス概要とシステムズエンジニアリングの位置づけ
- MBSEによる認証対応のメリット
- 事例紹介:ARP4754BとDO-178CにMBSEを適用した場合
- MBSE導入時の課題と成功のポイント
- 今後の展望:デジタルアセットが主役となる認証プロセスへ
- 航空宇宙向けMBSE導入支援サービスについて
EASA/FAAの認証プロセス概要とシステムズエンジニアリングの位置づけ
航空機の適合証明プロセスは、以下のような構造を持っています:
- EASA Part 21 / FAA 14 CFR Part 21
- 開発保証ガイドライン:ARP4754B
- ソフトウェア設計基準:DO-178C
- ハードウェア設計基準:DO-254
ARP4754Bは特に、システムレベルの要求定義・割り当て・検証活動を明確化しており、MBSEが適用される中心的な領域となります。
MBSEはこの中で、以下のような役割を果たします:
- 要求のモデル化と変更管理(要求 ⇔ システム ⇔ ソフトウエア)
- 設計根拠の可視化と文書生成
- モデルによる安全性・トレーサビリティの強化
MBSEによる認証対応のメリット
MBSEを導入することで、認証における以下の課題を大幅に改善できます。
従来の問題 | MBSE導入後の改善 |
---|---|
文書ベースでのトレーサビリティが不明瞭 | 要求~設計~試験の関係性をSysMLモデルで可視化 |
認証文書作成が後追い・属人的 | SysMLモデルからの自動ドキュメント生成 |
変更影響範囲の把握に時間がかかる | 影響分析をモデル上でシミュレーション可能 |
安全性要件の証明が困難 | FHA/SSA/FTA/FMEAなどの安全分析と接続可能 |
事例紹介:ARP4754BとDO-178CにMBSEを適用した場合
たとえば以下のような航空機開発フェーズにMBSEを適用することで、認証対応が大きく変わります:
- 要求管理フェーズ
SysMLモデルを用いて、EASA/FAAが要求する「高信頼性・安全性」要件を形式知化。ARP4754Bに従って階層的にブレークダウン。 - 設計・検証フェーズ
DO-178Cで求められるソフトウェアアーキテクチャ要件をSysMLモデルとリンクし、TQL(Traceability Quality Level)をモデル内でチェック。 - 認証支援フェーズ
モデルから自動生成した「要求マトリクス」「設計証明ドキュメント」をそのまま認証当局(FAA、EASA、JCAB等)に提出可能に。
MBSE導入時の課題と成功のポイント
とはいえ、MBSEの導入がすぐに認証対応の「即効薬」になるわけではありません。
以下のような課題もあります:
- 組織横断的なプロセス変更が必要
MBSEを導入する際に見落とされがちなのが、「設計部門だけが取り組んでもうまくいかない」という事実です。MBSEは、要求管理から設計、検証、認証に至るまでの情報を一元化・構造化するため、設計・品質保証・試験・製造・文書管理・認証対応など複数部門の協力が必須です。
従来は部門ごとに分担されていた作業を、モデル上で統合的に扱うことになるため、
➢ 情報の入力粒度・責任範囲の再定義
➢ レビュー方法や成果物の見直し
➢ プロセスそのものの再設計
が必要になります。特に「モデルから認証文書を自動生成する」「トレーサビリティをモデル上で一貫して管理する」ためには、関係部門がMBSEの枠組みで共通言語を持つことが不可欠です。
このように、MBSEはツールの話にとどまらず、企業文化や部門間の連携のあり方を変革する取り組みでもあるのです。
- 認証当局との合意形成
MBSE導入において最も重要な論点の一つが「認証当局との合意形成」です。従来の認証プロセスは、紙文書ベースで進められることを前提としており、モデルベースの成果物や検証手法がそのまま受け入れられるとは限りません。
そのため、MBSEの成果物を「従来文書とどう対応付けるか」や「モデルを正当な認証根拠とする条件は何か」を、認証当局(例:FAA/EASA/JCAB)と初期段階から協議し、相互理解を得ておく必要があります。
MBSEを活用する企業が、認証当局と合意を形成できるかどうかが、最終的な認証成功を大きく左右します。
- モデル表現の標準化(SysML v1/v2、ツール間連携)
MBSEの導入が全社的に適用するためには、モデル表現の標準化が不可欠です。SysMLやツールの使い方が個人やチームごとに異なると、
➢ 成果物の粒度や構造がバラバラになる
➢ トレーサビリティが確保できない
➢ レビュー時に他部署や当局が内容を正しく読み取れない
といった問題が発生し、せっかく構築したモデルが社内でも活用されなくなる恐れがあります。そのため、ブロック構成やパッケージ構造、要求記述のルール、図表の記法などについて、社内で統一的なモデリングルール・テンプレートを整備することが重要です。
また、SysML v1からv2への移行期にある現在、ツール間連携や記述の互換性を考慮した設計も求められます。
成功のカギは、「小さく始めて、大きく育てる」段階的な導入と、「認証当局との早期対話」にあります。
MBSEは単なるツール導入ではなく、設計文化や認証プロセスにも関わる組織的な変革です。そのため、最初から全体最適を狙うと、ツール未習熟や部門間の不整合によって頓挫するリスクがあります。
まずは1つのサブシステムや、1プロジェクト内でのパイロット適用から始め、
ステップ①:関係者がMBSEの価値を体験し、
ステップ②:モデリングルールやテンプレートが固まり、
ステップ③:成果が社内で評価される
というこれらのステップを経て、組織全体へのスケールアップを図るべきです。
今後の展望:デジタルアセットが主役となる認証プロセスへ
近年では、モデルやシミュレーション自体を認証資産とする動きも始まっています。米国空軍のDigital Engineering戦略(※1)や、NASAのMBSE運用事例(※2)などにみられるように、「モデルが主語」となる認証対応は、航空宇宙業界の将来像を大きく変えるでしょう。
参考文献:
※1:米国空軍のDigital Engineering戦略
タイトル:Department of the Air ForceDigital Transformation
発行元:U.S. Air Force
※2:NASAのMBSE Pathfinder Report
タイトル:Model-Based Systems Engineering Pathfinder: Informing the Next Steps
発行元:NASA Jet Propulsion Laboratory (JPL)
なぜデジタルアセット化が必要なのか?
- 現在の課題
➢ 認証に必要な根拠資料が部門・ドキュメントごとに散在
➢ 情報のトレーサビリティを維持するために膨大な管理工数
➢ 設計変更が起きるたびにドキュメント類を一から見直す非効率性 - 必要性
モデルやシミュレーションが「唯一の正当な情報源(ASoT)」となることで、
➢ 情報の一貫性・改訂性・再利用性が飛躍的に向上
➢ 認証文書の自動生成や変更影響分析がリアルタイムで可能になぜ、モデルやシミュレーションといった「デジタルアセット」を認証資産とする動きが注目されているのでしょうか?
その背景には、これまでのドキュメント中心の開発・認証活動では、設計・検証・認証の間で情報の重複や矛盾、更新漏れが頻発していたという現実があります。
複雑化する航空機システムにおいて、設計根拠やトレーサビリティを一元的に管理するには限界がありました。そこで、モデルを「唯一の正当な情報源(Authoritative Source of Truth)」と位置付け、設計から認証文書までを一気通貫で管理できる「MBSE×デジタルアセット戦略」が注目されています。
こうした潮流は、単なる設計効率化ではなく、開発と認証の構造そのものの転換を示唆しています。
航空宇宙向けMBSE導入支援サービスについて
- EASA/FAAの認証対応にMBSEを適用することは、従来の紙文化からの脱却だけでなく、開発プロセス全体の可視化と品質保証の高度化につながります。
- 貴社がMBSE導入に向けて一歩を踏み出す際には、まず小規模パイロット活動を始めてみるのはいかがでしょうか?
- 弊社はこれまでに、Tier1航空機メーカーや部品サプライヤーへのMBSE導入を支援し、以下のような効果を実現しています:
➢ ARP4754B/DO-178C対応プロセスにモデルベース設計を導入
➢ 要求変更に伴う影響調査工数を削減
➢ 認証ドキュメントの一部をSysMLモデルから自動生成
➢ 技術伝承の課題をモデル形式で体系化し、設計品質の安定化に貢献
【航空宇宙分野におけるMBSE適用と認証プロセスの全体像】
本ブログを俯瞰的に示した図(プロセスフロー図)です:

当社では、ARP4754B/DO-178C対応を見据えたMBSE導入支援を行っております。
「SysMLによる要求管理」「トレーサビリティモデル」「認証文書テンプレート」など、航空宇宙分野に特化した支援も可能です。
ご興味があれば、お気軽にお問い合わせください。