~理論で終わらせない 実務で使うMBSE~

MBSE入門

MBSEはMBDにとっての上位概念

「MBD:Model Based Systems Engineering(モデルベース・システムズ・エンジニアリング)」について語られるとき、よく一緒に登場するのが「MBD:Model-Based Development」で、日本語では、「モデルベース開発」と訳します。

MBSEとMBDは、まず、字面がよく似ています。「MBSEとは何か」(親記事/1本目「MBSEとは何か」にリンク)、で、MBSEは「モデル」を用いて、「システムズエンジニアリング」を実践しながら製品開発を進めることを示しました。いずれも「Model-Based(モデルベース)」と始まりますが、「エンジニアリング」と「開発」という違いがあります。

MBSEは、製品設計前から市場投入後までの製品ライフサイクル全般に関わり、要件定義や設計開発の他にも、人材マネジメントや品質マネジメント、計画策定などにまで及ぶ、プロジェクト全体をよりよく管理するための概念です。一方、MBDは、製品の設計開発のためにコンピューター上で行うシミュレーション(すなわち仮想試作、バーチャルプロトタイプ)の手法で、非常に狭い範囲のことを指しています。また、MBDは、MBSEの一部分であるともいえます。

MBDとは

MBDとは、設計開発の初期段階から、制御システムの仕様や設計に基づく動きをソフトウェア上のモデルとして再現してシミュレーションすることで、実機を作って検証する前に想定される不具合を洗い出してしまう設計方法です。テスト工数の短縮、実機試作費用の削減が可能であり、開発後半での手戻りも防げることから、開発の効率向上や期間短縮が可能になります。

過去には、組み込みソフトウェアの開発手法として使われてきましたが、今日では、製品の電動化や、IoT(モノのインターネット)の広がりを受け、機械設計や電気設計の分野にも活用範囲が及んできています。従来の多くの設計開発では、機械(メカ)、電気、制御、ソフトウェアがそれぞれの担当範囲で作ればよいものでしたが、昨今では、それらの分野を密に連携させながら開発を進めなければならないケースが多くなってきたためです。

MBDは、国内においては自動車業界での活用が一番進んでいます。2021年9月には、MBDを全国の自動車産業に普及するための組織である「MBD推進センター(JAMBE)」が立ち上がりました。同センターの委員長は、「スカイアクティブ(SKYACTIV)エンジン」の開発で一躍時の人となったエンジン開発者で、現在はマツダの常務執行役員を務める人見光夫氏です。人見氏もかつて、「実機をなるべく作らず、仮想的に検証する」を目指して、エンジン開発において「試作や実験主体からコンピューター上のシミュレーションでの検証主体」にシフトし、成果を出したことで知られています。

JAMBE開設時の運営会員企業として、国内自動車メーカー5社(SUBARU、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、マツダ)、部品メーカー5社(アイシン、ジヤトコ、デンソー、パナソニック、三菱電機)が公表されています。
サイバネットシステム株式会社もパートナー会員として、MBDノウハウやソリューション知見をもって、貢献活動に参画させていただいております。

JAMBEはMBD技術を広く普及展開することで、モデルを用いた高度なすりあわせ開発「SURIAWASE2.0」を実現し、日本の自動車業界における国際競争力を高めることを目的としています。

MBDの推進や実践は、企業単体だけに限りません。JAMBEが目指す姿としては、以下を掲げています。

“「SURIAWASE2.0」が実現した状態。学(大学など)によるMBR(Model-Based Research:モデルベース研究)で新しいモデルを創出し、産(企業)によるMBDではエンジニアリングチェーンに連なる部品メーカーと自動車メーカー間でのすりあわせ開発に同じモデルを用いて高効率化することで、手戻りのない、世界一の開発効率を実現すると共に、新しい価値を創造する”

自動車を完成させるためには、多くの部品メーカーと最終製品メーカーが関わっています。そこで、部品メーカーと最終製品メーカーとが同じモデルを使用してMBDを実践することで、企業単体ではなく自動車製造業界全体で高効率化していくことを目指しているのです。

MBDとMBSEの違い

MBDとMBSEは、両方とも、システムもしくは設計物を表した「モデル(情報の構造体)」を用いる点が同じです。

まずMBSEの示す「システム」は、ソフトウェアのシステムだけに限りません。ここでいうシステムとは、「製品が何かの目的を遂行するためのさまざまな機能を作りだすために、さまざまな機能や部品が相互に関わり合いながら集まっていること」を示すものです。日本企業流にいう「システムエンジニア」の仕事の範囲や、組み込みソフトウェアの制御システムだけが対象ではありません。またMBSEの実践も、コンピューター上のシミュレーションには限りません。

MBSEでは、設計開発だけではなく、企画やマーケティング、営業、製造、販売、保守など、製品ライフサイクルにかかわる業務や組織が、全て「システム」ということになり、そこでのコミュニケーションや分析にモデルを活用することで、業務を全体的に効率化しようという考え方になります。

一方MBDは、それよりもかなり対象範囲が狭く、先に説明したように、製品の設計開発かつコンピューター上のシミュレーションに特化した考え方で、イコール、製品開発における仮想検証(バーチャルプロトタイプ)のことを示しています。モデルも、イコール「シミュレーションモデル」を指しています。

ただし、MBSEとMBD、いずれにしても、「モデルを活用することで、さまざまな分野の人や組織のコミュニケーションを取りやすくし、問題の早期発見・解決につなげて、より良い仕事をしよう」とする思想そのものは同じです。また、両者は密接に関係するもので、MBDはMBSEの活動の一部であると捉えることができます。

国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)が制定したシステムズエンジニアリングの国際規格「ISO/IEC/IEEE 15288:2015:システム及びソフトウェア工学-システムライフサイクルプロセス(Systems and software engineering — System life cycle processes)」(ISO 15288)では、システムズエンジニアリングのプロセスについて、「合意プロセス」「組織的プロジェクト実現プロセス」「技術マネジメントプロセス」「技術プロセス」に分類しています。

ISO 15288の内容は、要件定義やアーキテクチャー設計など設計開発の実務関連だけではなく、製品のライフサイクルのモデル、人材のマネジメント、品質管理、プロジェクトの計画や意思決定など多岐に及んでいます。そのため、MBSEとMBD、両方の要素を含んでいます。しかしながら、現状のISO 15288では、MBSEにMBDを組み込んだプロセスの具体的手法について標準化されているわけではありません。

MBDからMBSEへ

近年、市場に出回る製品の価値は、製品の実機そのものだけではなく、それを利用して提供されるアプリケーションやサービスの質や内容が大いに関わります。そのため、設計開発だけをいくら最適化しても、よりよい製品を提供し、顧客に素晴らしいユーザー体験を提供するところへつなげるには不十分です。アプリケーションやサービスの質や内容を決めるところでは、設計開発や製造以外の、営業やマーケティング部門の力も存分に発揮されなければなりません。また、そのような複数の部門や関係者による連携は、そこで流通する情報量が爆発的に増え、コミュニケーションも複雑になり、意思決定のスピードを鈍くします。そこで、力になるのが、さまざまな部門の横串連携による意思決定や業務遂行を円滑にする支援手段となる「MBSE」なのです。

ISO 15288は2015年に登場した規格であり、既に欧米では航空宇宙や自動車に限らないさまざまな分野に広がり、今後もさらに発展してくると考えられます。日本企業も、もっとその流れに乗らなければ、グローバルな競争力の保持がますます厳しくなるかもしれません。

日本製造業においては、MBDが先行して進んでいる形であり、MBSEの範囲となると、まだ黎明期とも言える状況です。企業の組織全体にわたって、各部門が順番にスペシャリティを発揮して、全力で「バケツリレー」する手法に最適化されているのが、日本のトラディショナルな設計プロセスや組織です。しかし、そのような仕組みのままでは、MBSEを実践するのは非常に難しいのです。

また事例が先行している欧米でも、「MBSEを用いて具体的にどのようなプロセスを運用しているのかなど」のノウハウはブラックボックス化され、詳細までは公開されないことが多く、さらにそれが日本となればなおさらです。参考にできる事例が非常に少ない点は、新たなシステム導入を決める際に、他社先行事例を参考にする傾向が非常に強い日本においては、かなり厳しい状況であると言えます。それに、MBSEにおけるSEの実践やモデル作成をするには、MBSEのための記述言語である「SysML」の概念の理解が必須であり、かつそれを適切に使いこなさなければなりません。MBSEが企業全体に及ぶからと言って、企業に属する全員がそれを詳細に理解している必要はないものの、推進のコアとなるメンバーは熟知している必要があります。

それ以前に、国内製造業全体でのMBSEの知名度はまだそれほど高くなく、MBDと混同して解釈している人も少なくないといわれています。そのため、まだまだ今後の啓発や教育が必要な概念であると言えるかもしれません。

製品開発におけるMBDとMBSE

国内製造業が開発してきた製品は、長年、機械(メカ)を主体としてきました。しかし、このところのIoT化や自動化の流れで、ソフトウェアの比率が増え、その種類も膨大で複雑になってきています。その上、多品種少量化で、製品バリエーションそのものも多岐にわたりながら複雑化しているのです。

今後の製造業は、設計プロセスだけに閉じた取り組みであるMBDの実践だけでは、市場の激しい変化に柔軟に対応するのが厳しくなると考えられます。逆に、MBSEだけでは複雑で難解な設計業務を十分に管理しきれないため、MBDも必要になります。

そのため、製造業においては、まずMBSEで市場ニーズや顧客要望、社内の資産を整理した上、変化に柔軟に対応できる業務体制やプロセスを検討していくとともに、MBDでソフトウェアとハードウェアを密接に連携させた仮想試作を推し進め、かつMBSEとMBDが相互に連携・融合して、製品ライフサイクル全体をモデル化して最適化するところまでを目指すのが理想形であると言えるでしょう。